講評

永久機関をついに見つけたんだ。男は熱っぽく語った。話の半分もわからなかった。色々と計算したり証明したりすると、観察者が働きかけることによる物体の変化を利用して、永久機関ができるということだった。ぼくは相対性理論のことを思い出した。アインシュタインの真顔を思い出した。

ぼくは入院中だった。ぼくは胃腸を壊し、1日18時間の点滴と、粥をさらに薄めたものとで生きていた。着替えは点滴針を抜くタイミングでしかできない。ぼくは男の持ってきた本の匂いで、便意をもよおしていた。点滴ビンを引きずってトイレに行った。本には見たことの無いアルファベットが並んでいた。ぼくはたいへんな色のうんこをした。気分が悪かった。

ぼくは男に、ずっと気になっていたことを尋ねた。物体に日本語は通じるのかい。男は悠然と構えた。君はマス・メディアのようなことを言うね、と男は言った。ぼくを見下しているらしかった。男は言霊の話をはじめた。たしかに言葉は、人に対してもっとも有効と考えられがちである。

しかし、人ではなさそうな物にも効果がある。



それは、発話者が言葉に念力のようなものをこめるからで、言葉そのものではなくて「念力」が作用する。これが言霊である。そして言霊こそが、物体に変化を及ぼすのだ。そのようなことを、男は言った。なんだか抽象的な説明だった。ぼくは男を怒らせたくないので、追求をやめた。かわりに、はやく退院して、ゆで卵が食べたいと、言ってみた。好物なのだ。

男はぼくを哀れみ、トランプを取り出した。ぼくらは、ポーカーをはじめた。 ぼくらは、とても静かだった。 永久機関の話を、その静けさの中で反芻した。男の話のうち、理屈っぽい部分がほとんどわからなかったのが少し悔やまれた。

男が帰ってから、ぼくは携帯電話を出した。病室は携帯電話禁止という建前だが、次の点滴交換までは時間があるはずだった。永久機関についてわかりやすい説明はないか調べたが、見つからなかった。